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6/12/2026

小さな一歩であつまった声──「カンタ!ティモール」上映会

 


立正佼成会 府中教会での取り組みの可能性を広げたい。

広く地域の方にお越しいただきたい・・・という思いで開催した映画上映会の第一弾。

今回は、ファーストステップの試写的開催でしたので、まずは20名ほどに鑑賞いただきました。

小さな一歩ではありますが、大きく心揺さぶられたことが、参加者の感想から伝わってきます。


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このたび鑑賞された方から6名の
感想を掲載させていただきます。
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子どもたちの輝く笑顔や歌声!笑い声に心癒される映像に心踊りましたが、過去に起きていたことを知ると共に、本当に無知である自分を知りました。

人間の欲望が、多くの犠牲と醜い惨劇を生み出している。

そこに日本も大きく関わっていた…

ショックでした。

心重い映画ですが、是非、多くの人に観て頂きたい映画です。

そして東ティモールの人々の寛容さに心打たれました。


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平和について、人間という業というか「欲望」について深く考えさせられる作品でした。

製作者は先入観無しに作品を観て欲しかったかも知れませんが、何故この作品を作ったのか?

何故多くの人に観て貰いたいのかを上映前にレクチャーして頂けると作品の鑑賞の仕方も大分変わると思います。


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これまで世界の社会情勢について深く知る機会がありませんでしたが、この映画を通じて、かつて日本が支援していたインドネシアによって侵略され、苦しんでいた人々がいたという事実に初めて衝撃を受けました。

東ティモールの人々が語る「日本にも責任がある」という言葉は重く、間接的とはいえ、私たちの生活や国のあり方が他国の犠牲の上に成り立っていたのかもしれないと考えさせられました。国際社会の複雑さと、自国の行動がもたらす影響について、非常に難しい問題であると痛感しています。

作中で流れる数々の音楽は、単に娯楽として楽しむためのものではなく、過酷な状況を生き抜くために、そして自分たちの尊厳を保つために不可欠な「命の叫び」として存在していることが強く心に響きました。

凄惨で残虐な歴史の爪痕が映し出される一方で、小さな子どもたちの弾けるような、輝く笑顔がとても対照的で印象に残っています。絶望の中でも失われない人間の強さや光を、その笑顔に見ました。

世界には、自分がまだまだ知らない現実がたくさん隠されているのだと知りました。これからは目を背けることなく、世界の痛みに耳を傾け、事実を知ろうとする姿勢を大切にしたいと思いました。


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とても、重たくて深いテーマとメッセージが込められたドキュメンタリー映画でした。

自分の不勉強が第一だと思いつつ、政治的な背景や世界にとりまくさまざまな史実も知らずに半世紀以上生きてきた自分を思うと【正しい情報や事実】が届かない中で生きているということの恐ろしさや愚かさを感じました。

どんなにひどい目にあっても、ふるさとや祖先や家族への敬意を忘れずに生きている方々の【清らかなこころ】が【国の独立】を成し遂げたことを思うと、闘う相手は兵士や国家なんかでなく、自分の中に起きてしまいがちな【怨み】と闘って超えたものではないかと思いました。

また、理不尽に、大切な家族や友人を亡くしても【怨まない怒らない】という生き方を貫ける東ティモールの方々が自分の命をかけて【真の平和とは何か】ということを教えてくれていると痛感しました。

何が大事かをわかり、その大事を守るために愚かな心を持たないという精神が【平和の為に危険を冒す】という開祖さまに通じる世界を観ました。

そして、私自身がいかに小さな了見で日々生きているか? と深く自分を恥じ入りましたし、大自然からの恩恵に対する感謝の薄さも実感いたしました。

平和は個々のこころを鍛えて精進する事で手に入るものだと勇気も頂きました。


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ティモールの国について何も知らなかった。

悲しい事実に心が痛みます。

日本も関わって、武器を売る事その行為そのものが、悲惨な殺戮を生む

人間の残忍さ……

その中で子ども達の元気な明るい歌声が、心にのこります。

ティモールの方々の美しい歌に心ひかれ救われます。

ただ平和を願って、日本に向けても「武器を売らないで下さい・・・」と

本当に恥ずかしい気持ちと共に現在も日本は殺傷力のある武器を売り始めている。

何故繰り返すのか?

悲しくなりました。


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民族を構成している家族の絆、誇り、ご先祖様と大自然への感謝を大切にされている。

争い奪い合うより共存、共栄の知恵があり南国特有の陽気さで悲しい時も嬉しい時もみんなで歌って踊って心一つにできる音楽の持つ力、素晴らしさに感動。そして怨みに対して恨みで返さない寛容と忍耐が世界平和の根源ではないかと教えられた。

しかしながら現代国家、軍需産業、カネの圧力から逃げられないように政治も癒着していると感じました。


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ありがとうございました。
第二弾も企画中です。
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(主催者のふりかえり)

映画館と同じ環境をつくることは難しいですが、できるだけ居心地よく映画に集中していただけるよう会場設営を工夫。座るイスの前に足置きのイスで足のむくみ対策、飲み物を置けるようサイドテーブルを設置などなど。
次回は1階の広い会場の大きなスクリーンで上映して、たくさんのみなさんにお越しいただけるよう告知にも工夫したいです。

今回は車イスの方にもお越しいただけたことで、新しく設置した多目的トイレの使い勝手や会場の入りやすさなどバリアフリー度も検証できました。


この映画は2012年に公開されたものですが、いまの世界情勢と重ね合わせることができます。

第二弾の上映会は、映画の製作意図にもふれていけるよう対話の時間や音楽をとおしてのアフター交流などで感想を語り合い、自分たちにできることを考えてまいりたいです。


▼映画「カンタ!ティモール」公式サイト
canta-timor – 南国ティモール ひとつの歌に導かれた運命の旅

4/25/2025

【鉄は熱いうちに打て!】青年リーダーたちとの手どり

5月の青梅練成に向け、ミーティングを重ねてきた青年リーダーから、「私たちこの日歩けます」とスケジュールがシェアされました。

4月14日のことです。

日程リストが共有された4月14日その日の予定も含み、ビッシリ書き出された実行委員の敦司くん、一真くん、久実さんのスケジュールから彼らの本気が伝わってくる。

【鉄は熱いうちに打て】という言葉が浮かび、私は間髪入れずに「4/15の19時~の敦司&一真にご一緒します」とエントリーした。


どこを訪ねようか? と次々に少年部や学生部の顔・かお・カオ……が浮かぶ。

その日は北と東支部合同で歩くことになった。

待ち合わせの場所には間に合わないかもと昼間にLINEで予告しながらも、「間に合いました」と先に来ていた一真くん。パソコン片手に「案内チラシ、あと5分くらいで仕上がりますので車中で仕上げます」と乗り込む敦司くん。


古山支部長と私は「印刷するにはここから近いコンビニは?手どりはどのルートに?」と出発前の座間号で打合せしつつ。

こうして、出来たてホヤホヤのチラシを携えて【つながりたい】の心で満たされたメンバーが歩き出す。


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A家のYくん。

初日はスイミングがあるから。と自分の予定を把握して即答できるしっかり者。

大人顔負けに「僕は◯◯だから◯◯です」といつも自分の意思を伝えてくれる小学6年生に私たち大人の背筋が伸びる。


E家では、ピンポンしたら

高校生のSさんが登場。

チラシを見るなり「わぁ楽しそう。行きた~い。わたし体を動かすの大好き~」

続いて、中学生のEさん。

「土曜日は学校だけど。日曜日はお姉ちゃんが行くなら…………」

そこへ、スイミングから帰ってきた小学生のKくんが「何?何?」と興味津々に。

すかさず「去年の青梅での野球覚えてる?」と敦司くん。もちろん!と言わんばかりの大きな「うん」という返事。

スイミングのバッグと入れ換えに、Kくんが野球のグローブを手にやってくる。


Q:今年は守備もできるの?

A:できるよ。

Q:どこがやりたいの?

A:え~っと。ピッチャーにキャッチャーにショートもいいな。

そこに「いいとこばっかり言うね~」とママの突っ込みが入る。


この頃には、玄関にみんなのワクワクと笑顔でいっぱいになる。






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こうして、この日4家7人の少年・学生に出会った。

【鉄は熱いうちに打て】と歩き出した私は、みんなを送り、帰路の車中でひとりふりかえりハッとした。

鉄を【打つ側】の私と【打たれる側】の青年リーダーだと勝手に役割を区別し差別している自分に気づく。以前学んだ【尊厳の学び】を思い出した。


学びの中で

【尊厳とは…生きるものすべての価値と弱さを認めて受け入れることからくる内面の平安である】

と教えてもらった。


尊厳を可視化すると10の要素があるという。

今回、わたしが役割を区別し差別してしまったと気づいたのは、その中の【アイデンティティーの受容】【公平性】【自主性】を軽んじている自分が見えたからだ。


実は【鉄は熱いうちに打て】と私の菩提心に火をつけてくれたのは【つながろう】の心で満ち満ち、毎日のように手どりに歩いている青年リーダーの敦司くん、一真くん、久実さんの三人衆であったと知る。

手どり先で、相手の目線に合わせ、興味を引き出しながら、【アイデンティティーの受容・公平性・自主性】を重んじて自他の尊厳を輝かせていた姿に触れ、私の尊厳に呼応して、ハッとしたのだと確信し感謝している。


そんな【静かに熱いこのリーダー】が青梅練成を盛り上げようと日夜歩いています。

手どりにご一緒したい方、大歓迎ですよ!


文・写真:ざまっち

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Info

【尊厳の学び】とは

「ディグニティ(尊厳)モデル」を考案したドナ・ヒックスが尊厳理解を日常生活に根ざした実践的課題として活用する方法を提示し、それをもとにジェフリー・メンセンディークが「尊厳ワークショップ」を開催。
そのワークショップに参加した学びのことです。

詳細は、ドナ・ヒックス 著 ジェフリー・メンセンディーク 訳
『<尊厳>のリーダーシップ──人や組織の内なる力を引き出すディグニティ・モデル』にて、紹介されている「尊厳を尊重するための10の要素」、「尊厳を侵害しないための10の要素」に詳しく掲載されています。

◇ドナ・ヒックス(Donna Hicks)
世界各地の紛争解決に携わってきた心理学者。紛争解決の専門家。紛争解決や対立関係において尊厳が果たす役割に注目し、「ディグニティ(尊厳)モデル」を考案。ハーバード大学をはじめ、クラーク大学、コロンビア大学の紛争解決コースで教鞭をとる一方、米国および海外でリーダーシップ研修、トレーニングと教育セミナーを実施。クライアントは、世界銀行、国連、米海軍、世界各地の政府、米国内の企業、学校、病院など。著書に『Dignity』(幻冬舎)がある。

◇ジェフリー・メンセンディーク(Jeffrey Mensendiek)
桜美林大学准教授・兼大学チャプレン。米国合同教会(Common Global Ministries)宣教師。日本キリスト教団東北教区センター・エマオ主事、関西学院大学宗教センター宗教主事などを経て現職。日本育ちのアメリカ人として異なる文化の懸け橋になりたいと願ってきた。「九条世界宗教者会議」の同時通訳をはじめ、民族、宗教、社会的背景の異なる人々の想いをつなげる活動に力を注ぐ。共著に『東アジアの平和と和解』(関西学院大学出版会)がある。

2/04/2023

母と青い車(座間支部長)



座間支部長のお母様と愛車

この記事は、令和5年2月4日開祖さまご命日にYouTube配信をした、座間透江支部長のお話(原稿アーカイブ)より、抜粋してお届けします。

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◆車と母の人生

 実家の母が80歳になり立正佼成会の主任の役を降りたら、免許を返納するという話になりました。ところが、主任の役を降りても変わらず車で布教する日々。同時に目が…腰が…と言いながら体は少しづつ衰えていきます。大きな事故も起こさずにいましたが、家の駐車場などで車をこすることが増えたことや、高齢者の事故のニュースを聞くたびに、もしも…と家族みんなが心配していました。

 この頃から、兄・兄嫁・妹と私で、母の免許返納について、どのように伝えたらいいかをみんなで話し合うようになりました。

 母は24歳で結婚し、翌年には兄が誕生し、私がおなかにいるときには、稼業の為に免許を取りました。その後、父が病に倒れてからも運転免許があったおかげで、立正佼成会の布教に精進しながら、父の看病と子育てに一生懸命でした。

 その母の人生を讃えながら、兄が母に免許返納の話をしてくれることになりました。しかし、母は、その場では「そうだね」と言いながら、免許返納に向かう兆しがありませんでした。同乗する孫からも「おばあちゃんの運転怖いよ」と私たち家族の耳に入るようになり、正直「困ったな」と思うようになりました。

 母の子供である私たちは、母のためにと思っていろいろとタイミングや言葉に配慮して伝えてきましたが、なかなか母の心に響かないようです。


◆「ちっともよくないよ」

 あっという間に一年が過ぎ、母の車の車検が切れるという昨年の秋になりました。母が煮え切らないので、兄の口調も強くなりケンカにまでなってしまいました。一緒に暮らす兄や兄嫁の立場や気持ちを汲むと、私からも言ってくれという兄のリクエストにも応えたくなりました。普段も母の気持ちを聞くのは、私の役でした。

 しかし、母と話しても、最後は「誰も私のことはわかってくれない」という言葉で終わるので、どうしたものかと思いながらもそれ以上何もできずにいたのです。

 車検は通して、また返納が先に延びるなとみんなが思っていたある日。車検が切れる2週間前に、突然「車を処分してきたよ」とさらりと言って晴れ晴れとしているので、一同びっくりと同時に口々に「それは良かった」と母に言いました。

 しかし、母は「ちっともよくないよ」と言うので、兄は「車を廃車するなら、一言いえば送迎したのに…」という、かみ合わない問答だったそうです。


◆尊厳の学びをとおして

 この一連の流れの中で、ちょうど光祥さまから「尊厳の学び」というテーマで学ぶ機会を得ていて、日々「母の尊厳とは」をずーっと考えていたのに、それらしいことにたどりつかずにいました。せめて母が廃車したときの気持ちを聞こうと電話をしたら、思わぬ言葉が返ってきました。

 「あなたを妊娠中に免許を取り、57年間、本当に免許にも車にも感謝しかなかったから、車屋さんに返す時、車に感謝したくて、花束を買って助手席に置いてきたんだ」と言うのです。そして廃車にした翌日、免許返納の手続きもしたという事でした。

 私はこの話を聞いたときにも、「母らしいな」と思うくらいで「とにかく良かった」と話をまとめていたのです。が、そのときも母は「ちっともよくないよ」と言うのです。
 母の「ちっともよくないよ」という言葉がずっと心に残りながら、その晩の読経供養中に、母が花屋さんに行って車にお礼をしようと花を選ぶ姿が想像でき、涙が出ました。

 そして次の瞬間、苦労の多い人生を送る母の足として大活躍した車や免許証と、どうお別れするかを母は母なりにずっと考えていたのだと思ったら、涙が止まらなくなりました。そして私が拝むべき母の尊厳は「時期が来たら自分でちゃんと免許返納できる母の尊厳」であり、その母を信じてあげることが大切だったと気づいたのです。すぐ、母にそのことをお詫びしようと電話をしました。母は「そんな風に拝んでくれてありがとう」と照れながら「ちっとよかったよ」と言ってくれました。

 このように自分が困ってしまうスイッチの方が入りやすく、失敗ばかりの私ですが、失敗しても自分の気持ちも相手の気持ちも大事にしていくと、理解し合えるということを身をもって学びました。これからも失敗を恐れずに精進してまいりたいと思います。


info
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尊厳(ディグニティ)は簡単に傷つく。
いつも尊厳の学びの途中です。

『ディグニティ』ドナ・ヒックス/幻冬舎
内容(「BOOK」データベースより)
生まれながらの権利であるはずの尊厳―"尊厳"。自らを、そして他者を傷つけ、傷つけあうようにできている私たち、人間。自分を愛し、人と幸福に生きるために必要なものとはなにか。新機軸の「Dignityモデル」で、理想的な人間関係を構築する方法を解説した、著者渾身の一冊。初邦訳で登場。

1/11/2023

退歩を学んだ日々(杉山支部長)

この記事は、昨年(令和4年)6月4日開祖さまご命日にYouTubeで配信した、杉山佳重支部長のお話(アーカイブ)より、抜粋してお届けします。

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◆相手に変わって欲しい自分

 この2年半は皆さんにとってどんな時間でしたでしょうか?

 今日は、私にお話しをするようにとお時間を頂きましたので、コロナ禍で考えたことをお話させて頂きます。
 主人が在宅勤務で、家でずっと座ったきりで仕事をしていました。一昨年ですが、胆石の発作を起こし、2回目の発作なので胆のうを摘出することになり、元々糖尿病でしたが、手術をしてもらい、おかげさまで回復することができました。
 その代わり、セルフケアとして、毎日ウォーキングで血糖値を下げることになりまして、入院がきっかけで生活を見直すことができました。

 こうして、私に夫といる時間ができてきますと、「いけない、いけない」と思っていても、思い通りにしたいという欲求が出てきます。断捨離して、私はどんどんスッキリしていくのですが、主人の部屋を見ると、気になって気になって仕方なくなってきました。主人は捨てない人なんです。どうしても捨てたいと思う私と対立します。こうなると、仕事をしている主人に感謝じゃなくて、イライラがつのってくる、いつものパターンです。
 でも片づけを手伝ってくれた妹から「他の部屋が綺麗に片づけば、自分の場所もキレイにしたくなるんじゃない」と諭されて、諦めることができました。が、主人は最近本当に自分で整理を始めまして、ワクワクしていたのですが、やはり廃棄物はゼロで、紙くずがちょびっとなんです。変わって欲しいって思うのをなかなかやめられない私ですね。


◆退歩を学べ


 そんな時、本を整理していて、買っていたけど読んでいなかった本を見つけてしまいました。『退歩を学べ』(森政弘/アーユスの森新書)という本です。作者はあのロボット博士の森政弘さん。退歩って進歩の逆だと思っていたので、今は活動が止まっているので、退歩だと考えたんですね。が、それはちょっと違っていました。「進歩とは外側のことで、退歩とは内側の心のことを言う」と、道元禅師のお言葉を引用されています。分かりやすくたとえると、蠅が外へ出たくて窓ガラスに前進姿勢でもがいている。でもそこには、透明なガラスが立ちはだかっているので外へ出られないのを、見たことありますよね。

 「ハエに退歩する知恵があったならば、後ろへ引いて、視野が広がり、窓の端には、本当に開いた場所が見え、わけなく助かるのだ」と、森博士は仰っていました。そこを読んで「私もハエと同じだったのかもしれない」と思いました。毎日教会へ行き、当たり前のように、予定に従っていろんな事にあたっていたけど、内側の奥底にある自分の想いに蓋をして走っていたのかもしれないと、つくづく考えさせられました。急にステイホームと言われ、人とは会えないことに、大変戸惑う毎日になったわけですが、この本は、そんな私の迷いに、一つの答えを頂けたと思います。


◆退歩するだけの心の余裕があるか

 「肝心なのは、このガラスの存在を見抜く力と、退歩するだけの心の余裕があるかどうかだ」とありました。ですから、教会がお休み状態ではありましたが、その間に大切なもの、変えていく必要のあることなど、みんなで考えていく時間を頂いたのだと思いました。少し離れて見る「退歩」ですが、2年の時間はそうした心の余裕を普段から持つことの大切さを教えてくれたのだと気づきました。

 皆さんと会えないことを経験してみて言えることは、佼成会の人の温かさは、ずば抜けていると思ったことです。それは当たり前ではないなという感動でもあります。当たり前になっていたことも、退歩でみると、例えば主人の胆のう摘出手術が、糖尿病の本格的な治療に繋がったのだという感謝が見えてくるんだなと思いました。

 興味のある方はぜひ、読まれては如何かと思います。


 info
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▲タッチすると「ちえうみ」サイトへとびます。

無料コンテンツに、本記事で紹介された『退歩を学べ』(森政弘/アーユスの森新書)がアップされています。
登録のうえ、ダウンロードすると、スマホやPCなどで著書の全文をお読みいただくことができます。

森政弘(もりまさひろ)
1927年(昭和2年)、三重県生まれ。名古屋大学工学部電気学科卒業。工学博士。
日本ロボット学会名誉会長、中央学術研究所講師。ロボットコンテスト(ロボコン)の創始者であるとともに、約40年にわたる仏教および禅研究者としての著作も多い。